22理系大学生の日記

ランニング、大学のこと、日々思ったこと

相対的幸せと絶対的幸せ

 幸せには相対的幸せと絶対的幸せがあります。

相対的幸せとは他人と自分を比較したときに自分が優位であれば幸せを感じるというものです。例えば、テストの点数が友達より高かったらうれしいと感じますよね。

対して絶対的幸せとは自分基準での幸せを言います。例えば、50mのタイムが前よりも早くなるのはこれまでの自分を超えた気がしてうれしいですよね。

この二つの基準、どちらもなくてはならない存在だと思います。というか、一方がなくなるなんてことはありえません。学生時代は偏差値教育が主流なので全国の模試や学校内の期末試験で他人と比較することは避けては通れません。また、他人はそう思わなくても自分にとってはこの上なく好きだと感じるものがあるかもしれません。

この二つの幸せを感じながら生きていかなければいけない世の中ですが、考え方によって二つの幸せの比率というのは変わってきます。

例えば、50mのタイムA君に負けてしまったー。とか、野球やっているのに他の人に比べて一向にうまくならない。という劣等感は人を不幸にします。

でも、50mのタイムA君よりも遅いけど、自己ベストでた!とか、野球はほかの人より下手だけど練習はしてるから日々少しずつ成長してる!という風にポジティブにとらえることもできます。

僕が思う、幸せになる方法はとらえ方を相対的でなくすことです。いろんな出来事を相対的に見ていたら、いい時もあれば悪い時もあるで波が激しいんです。それを絶対的な幸せになるようにとらえることで世界は結構変わります。

僕は学生時代はあらゆることを相対的に見ていました。そのせいで苦労することが多々ありました。偏差値の高い大学に行かないと負け組だという偏見にとらわれた自分と日々戦っていました。結果、猛勉強したのに大学受験に失敗したことですべてが崩壊しました。(今はめちゃくちゃ元気ですが、落ちた後半年くらいは地獄でしたね笑)

あのとき、絶対的なとらえ方ができる人間だったら立て直すことができたでしょう。

相対的な幸せばかり追い求めている人間は崩壊したとき修復不可能になります。そのためにも、絶対的幸せ、これまでの自分を超えているということを幸せにしてほしいです。勉強、練習、その過程に満足できる人間にならないといけません。